「ようこそ」という言葉をこれほど頻繁に口にする国は他にありません。そしてエジプト人がその言葉を口にするたび、それは本心からの歓迎です。悠久の歴史を持つ古代エジプト文明が人々を魅了し続ける一方で、現代のエジプト人も同じように驚くべき存在です。
カイロ旅行ガイド
エジプトの心を巡る旅:カイロ完全ガイド
エジプトの本質を感じる旅へ──この充実したカイロ・トラベルガイドとともに。
活気あふれる首都カイロは、歴史・文化・現代性が交差する灯台のような存在です。エジプト最大の都市であるだけでなく、アフリカ大陸においても極めて重要な役割を果たし、中東・アラブ世界における主要な都市拠点でもあります。世界第15位の都市圏を誇るカイロは、古代文明の記憶が織り込まれた壮大なタペストリーのような街。その象徴ともいえるのが、壮麗なギザのピラミッド群や、歴史を物語るメンフィス遺跡です。
肥沃なナイル・デルタの岸辺に広がるこの都市の現代的な姿は、969年、ファーティマ朝という先見の明を持った王朝によって描き出されました。しかし、今日のカイロが栄えるこの地には、さらに古い時代の都の記憶が静かに息づいており、その遺産はオールド・カイロの石造建築に深く刻まれています。
カイロは常にこの地域の政治と文化の中心として鼓動を打ち続けてきました。イスラム建築が街の随所に広がることから、「千のミナレットの都市」という美しい異名も持っています。また、グローバリゼーションと世界都市研究ネットワーク(GaWC)から「Beta+」都市として認定されており、世界都市としての地位も確立しています。
総面積3,085平方キロメートルにわたり、1,900万人以上が暮らすカイロは、エジプトの中で群を抜く規模を誇ります。さらに周辺地域には約950万人が居住し、その都市圏は驚くべき広がりを見せています。とはいえ、この壮大な都市もまた、世界の他のメガシティと同様に、大気汚染や交通渋滞といった課題に直面しています。
カイロの地下鉄システムは、アルジェリアのアルジェと並びアフリカで稼働する唯一のものの一つであり、世界でも有数の混雑を誇ります。年間4,000万人以上の乗客に利用されており、都市の交通インフラを支える重要な存在です。経済面では、2005年以降中東地域をリードし、2010年の『Foreign Policy』誌「世界都市指数」では世界第43位にランクインしています。
カイロという名の由来とその本質
エジプト・アラビア語で「マスル」と呼ばれるカイロ──この呼称は、エジプト全体を象徴するほど、国にとって不可欠な存在であることを示しています。正式名称「アル=カーヒラ」は「征服者」または「勝利者」を意味し、都市の建設時に「征服の星」とも称される火星が天に輝いていたことにちなんで名づけられました。この名はまた、マフディーヤから到着したファーティマ朝のカリフ、アル=ムイッズによる首都建設を記念するものでもあります。かつての古代都市ヘリオポリス──現在は「太陽の目」を意味するアイーン・シャムスという郊外の一部──も、この多層的な都市の歴史を物語る重要な一章です。
「千のミナレット」が点在するカイロのスカイラインは、世界中の旅行者を魅了する壮大な景観を形づくっています。中でも、圧倒的なスケールを誇るギザのピラミッド群、古代エジプトの財宝が収められたエジプト考古学博物館、建築的に驚嘆すべきサッカラの階段ピラミッド、そして歴史を感じさせるサラディンのシタデルは必見です。また、宗教的な遺産としては、ムハンマド・アリー・モスクや、アフリカ最初のモスクであるアムル・イブン・アル=アース・モスクが壮麗にその存在感を放っています。
カイロの歴史を彩るもう一つの魅力が、コプト・カイロ地区です。有名な吊り教会(ハンギング・チャーチ)やコプト博物館など、コプト教会の象徴的な名所が数多く残されています。賑やかな市場の雰囲気を体験したいなら、世界的に名高い観光市場「ハーン・ハリーリ」は欠かせません。
また、カイロはアラブ世界で最も古く、最も影響力のある映画・音楽産業の発祥地であり、世界で2番目に古い高等教育機関「アズハル大学」の所在地でもあります。数多くの国際メディアや組織がこの地に地域本部を構え、アラブ連盟もその歴史の大部分を通してカイロに本部を置いてきました。この都市は、世界と中東地域の両方をつなぐダイナミックな交差点となっています。
歴史と現代が交差する街──カイロを巡る旅は、時空を超える体験と、新しい価値観との出会いをもたらします。この街は、単なる観光地ではありません。
それは、文明という壮大な物語の中に息づく、いまなお書き続けられている生きた章なのです。
作成日:2020年3月18日
更新日:2024年8月