ドゥシュのローマ要塞

ドゥシュのローマ要塞

ハルガ・オアシスの最南端に位置するドゥシュのローマ要塞(通称エル・カスル=「要塞」)は、この地域の豊かな歴史を物語る重要な遺跡です。泥レンガ造りのこの要塞は約30m×20mの規模で、ローマ時代には軍事拠点として重要な役割を担っていました。一方で、この要塞が軍事的な監視所として機能していたのか、あるいはダルブ・エル・アルバインの南端に位置する交易路の検問所として使用されていたのかについては、現在も議論が続いています。

ドゥシュの地理的環境と魅力

ドゥシュは、エル・カスルから北東へ約15kmの地点に位置し、古代に5本の砂漠交易路が交わる戦略的に重要な拠点でした。なかでも「ダルブ・エル・ドゥシュ」と呼ばれるルートは、この前哨地をナイル川流域のエスナやエドフの町々と直接つなぐ、ローマ時代には欠かせない重要な交易路でした。また、この地域を囲む丘陵地帯には、ハルガ・オアシスで最も古いローマ遺跡のひとつ「キシス(Kysis)」があります。当時、辺境の町だったキシスには多数のローマ軍兵士が駐屯しており、泥レンガで作られた要塞(カスル・ドゥシュ)と2つの神殿が築かれていました。要塞の北側および北東側には広大なネクロポリス(古代の墓地)が広がり、紀元237年から314年にかけての豊富な文書資料が発見されていることから、この地域が葬祭関連の産業で栄えていたことが明らかとなっています。

考古学的発見と発掘調査の歴史

フランス東方考古学研究所(IFAO)のフランス人考古学チームによるドゥシュ遺跡周辺の調査は、多くの貴重な発見をもたらしています。

最初の要塞構造はプトレマイオス朝あるいはペルシャ支配時代に建てられたものと考えられており、これを基礎として後にローマ帝国時代に規模が拡張されました。今日でも残るローマ要塞は、分厚い泥レンガの壁が特徴で、その高さは6mから場所によっては12mにも及びます。

内部には、密集した兵舎跡や4~5層に及ぶ深い地下室が広がっており、当時の様子を生き生きと伝えています。フランスの考古学調査団(フランス東方考古学研究所=IFAO)は、この遺跡の発掘調査を通じて、要塞内部に広がる兵舎跡や多層に渡る地下空間の調査に加え、葬祭に関連する重要な工芸品や装飾品など、多数の考古学的遺物を発見しました。

高さ6mから12mもの堂々とした泥レンガの城壁、複雑に入り組んだ内部構造、そして深さのある地下室が4〜5層にも及ぶ様子は、訪れる人々に歴史の神秘と奥深さを強く印象づけます。

カスル・アド・ドゥシュとその秘宝

ローマ要塞に隣接する砂岩の神殿は、1世紀末から2世紀初頭にかけて建設されたもので、ドミティアヌス帝の治世に着工され、トラヤヌス帝の時代に拡張されました。その後、ハドリアヌス帝によって一部装飾が施されました。神殿は当初オシリス神に捧げられていましたが、後にセラピス神とイシス神も祀られるようになりました。神殿の正面には、トラヤヌス帝による奉納碑文が刻まれた壮大な石造りの門が立っており、その碑文は西暦116年のものとされています。

1989年、フランスの考古学者たちは神殿の西側で「ドゥシュの財宝(Dush Treasure)」と呼ばれる貴重な遺物を発見しました。この発見には、金箔を施されたイシス神の小像、青銅製の像、さらには金の宗教的装飾品や奉納品を隠した陶器の壺などが含まれています。これらの遺物は4世紀から5世紀のものであり、エジプトにおけるローマ時代の信仰についての貴重な手がかりを提供しています。現在、これらの財宝はカイロのエジプト考古学博物館に収蔵されています。

ドゥシュの暮らしと信仰

神殿周辺からは、多数の遺物が発見されており、その中には陶器、貨幣、オストラコン(陶片に書かれた文字資料)などが含まれています。これらの出土品には、エジプト語、ギリシャ語、ラテン語、さらには聖書ヘブライ語の名前が記されており、ドゥシュではキリスト教が信仰されていたことを示唆しています。また、オストラコンに残された私信の数々は、このローマの前哨地で暮らしていた人々の日常生活について貴重な情報を提供しています。

さらに、メインの神殿から西へ約200メートルの場所には、もう一つの小さな泥レンガ造りの神殿が存在します。しかし、その用途や歴史については未だ明らかになっておらず、現在も研究が続けられています。

キシスの衰退

かつて要塞の周囲に栄えていたキシスの町は、現在では遺跡と墓地が点在するのみとなっています。発掘調査により、粘土製の水道管やキリスト教の教会跡が発見されており、町は4世紀以降に井戸が枯渇したことで放棄されたと考えられています。

ドゥシュ遺跡の未来

カスル・ドゥシュの北西約5kmに位置する‘アイン・マナウィル’の最近の発掘調査では、住居や畑、果樹園、そして革新的な灌漑システムを備えた村全体が発見されました。この遺跡は、ペルシャ時代およびローマ時代の集落であり、豊富な考古学的資料や文書が出土したことで、この地域の歴史理解が大きく深まりました。

しかし、砂漠の砂丘の拡大が‘アイン・マナウィル’を飲み込む危機にさらしており、このままでは発掘調査の継続が困難になり、貴重な遺跡が再び砂の下に埋もれてしまう可能性があります。

作成日:2020年3月18日

更新日:2025年3月12日

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