「ようこそ」という言葉をこれほど頻繁に口にする国は他にありません。そしてエジプト人がその言葉を口にするたび、それは本心からの歓迎です。悠久の歴史を持つ古代エジプト文明が人々を魅了し続ける一方で、現代のエジプト人も同じように驚くべき存在です。
ベルリン写本
エジプトのナイル川沿いにひっそりと佇む町、アクミーム。この地は、歴史の砂が守り続けた数々の秘密を秘めています。その中でも特に世界の注目を集めたのが、19世紀末に発見された『ベルリン写本』という古代文書です。
ベルリン写本は、1896年にドイツ人学者カール・ラインハルトによって、アクミーム近郊のキリスト教墓地で発見されました。砂漠の乾燥した気候のおかげで、パピルスに書かれたコプト語(古代エジプト語の後継言語)の文書は、驚くほど良好な状態で保存されていました。
この写本に収められているのは、新約聖書には含まれていない珍しい福音書や啓示録などのテキストです。特に有名なのが『マリアによる福音書』。この福音書は、イエス・キリストの復活後に、女性の弟子マグダラのマリアに啓示された深遠な教えを記録しています。当時、女性が宗教的リーダーシップを取ることは極めて稀であったため、この福音書は大きな驚きとともに受け入れられました。
また、『ヨハネによる秘儀』と呼ばれる文書も含まれており、これはイエスが弟子ヨハネに明かしたとされる宇宙や魂の神秘的な教えを描いています。このような文書は、「グノーシス主義」と呼ばれる、特別な知識(グノーシス)によって救済されるという思想を持つキリスト教徒たちの間で愛読されていました。
ベルリン写本が持つ最大の魅力は、初期キリスト教の多様性を現代に伝えていることにあります。聖書として公認された文書だけでなく、それ以外にも人々が大切に守り伝えた教えが存在していたことを証明しているのです。
アクミームという町自体も興味深い歴史を持っています。古代エジプト時代には豊穣の神ミンを祀る神殿都市として栄え、ギリシア・ローマ時代にはキリスト教が浸透し、修道院や教会が建ち並びました。その文化的な多様性の土壌があったからこそ、このような貴重な文書が生まれ、保存されたのかもしれません。
現在、『ベルリン写本』はドイツのベルリン国立博物館に所蔵されていますが、その発見地であるアクミームを訪れる旅人は、砂漠が守り続けた古代の叡智に思いを馳せることができます。エジプトを旅する際には、ぜひこの町を訪れ、歴史の息吹を感じてみてください。そこには時空を超えた物語が静かに息づいているのです。
作成日: 2020年3月18日
更新日: 2025年8月2日