「ようこそ」という言葉をこれほど頻繁に口にする国は他にありません。そしてエジプト人がその言葉を口にするたび、それは本心からの歓迎です。悠久の歴史を持つ古代エジプト文明が人々を魅了し続ける一方で、現代のエジプト人も同じように驚くべき存在です。
紅海の宝石
マルサ・アラムの歴史
マルサ・アラムは、かつて静かな漁村でしたが、今では豊かな歴史的背景を持つ観光地として発展しています。その魅力的な歴史についての概要を紹介します。
先史時代の重要性
周辺の山々には石器時代の集落の証拠があり、動物(キリン、ダチョウ、猟犬)と共に描かれた狩猟シーンを描いた岩絵や壁画が残っています。
ワディ・ハンママットと古代の交易路
エル・クセール近郊に位置するワディ・ハンママットは、紀元前4000年頃の葦船の絵など、ファラオ時代の落書きで有名です。
この谷は、古代テーベ(ルクソール)と紅海を結ぶ主要な交易路として機能し、エル・クセールを経由してアジアとシルクロードを繋いでいました。
マルサ・アラムの古代鉱山
マルサ・アラム周辺は銅、鉛、金、エメラルド、半貴石などの鉱物が豊富に埋蔵されていました。
世界最初のエメラルド鉱山として知られ、ローマ帝国の唯一のエメラルド供給源でした。
これらの鉱山は「クレオパトラの鉱山」としても知られ、プトレマイオス朝時代に操業していた可能性が高いです。
ローマとオスマン帝国の影響
ローマ占領時代、マルサ・アラムは重要な港であり、その後はエメラルド採掘の重要な拠点となりました。
オスマン帝国は1571年にエル・クセールに要塞を築き、港と交易路を守りました。この要塞と町はマルサ・アラムから短い距離にあります。
現代の発展
現代技術を用いた金鉱採掘が再開され、観光業の発展とともに雇用を提供しています。
道路の整備やインフラの発展により、マルサ・アラムは重要な観光地へと変貌を遂げました。
フランスとイギリスの占領
1799年、フランス軍がエル・クセールとその要塞を占領し、1801年にはイギリス軍が占領しました。この地域の戦略的重要性が際立っています。
まとめ
マルサ・アラムの歴史は、先史時代の集落、古代の交易路、特にエメラルドを中心とした鉱物の豊富さに特徴づけられています。
さまざまな帝国の影響を受けたこの地域は、自然の美しさと相まって、レジャーと歴史探索の両方に適した魅力的な観光地となっています。
作成日: 2020年3月18日
更新日: 2024年3月27日
マルサ・アラム旅行ガイド

